2013年4月30日火曜日
桔梗
いつの間にか、去年植えた桔梗が出てきていました。
太い茎が2本と、その他細いのが数本、
わしわしと生えています。
今年も綺麗な花を咲かせてくれることでしょう。
それにしてもいささか気になるのは、
デスクトップで見る画像の色調と
ブログ上にアップした画像のそれとが
大分異なることです。
元画像はもう少し明度が低いです。
表示される画像は大分明度が高く、
眠たい感じの画像になっています。
どこかの段階で表示の仕方に
影響が出てしまうようです。
デジタル特有の現象でしょうけれど、
これはデジタルの持つ大きな欠点であるといえます。
2013年4月23日火曜日
芝桜満開
医院裏手の芝桜が満開になりました。
去年に植えたものですが、身近で見ていると
今頃から咲き始めることに初めて気付きました。
私の印象では5月半ば頃に咲くものと思っていただけに
意外な事実を知ることができました。
最も、日当たりの良い場所ですから、
そのせいもあるでしょうけれど。
2013年4月11日木曜日
2013年4月10日水曜日
2013年3月2日土曜日
2012年10月27日土曜日
自然の神秘
過去のログで何度か書きましたが、クワガタの蛹を見るの
は初めてですので大変興味深く観察できました。図鑑などで
はなく、直接見ることで気が付いたこととしては、
・蛹になる直前には幼虫の皮膚の下でアゴ、足、羽になる袋
状の器官が出来ている。それは脱皮して蛹になることでその
器官に体液や細胞が移動して袋を膨らませ、体を形成していく
・羽化直後は外側の硬い羽が伸びきるには2日程かかる
・個体差として蛹になる時期は2ヶ月以上の幅がある
・このまま越冬し次の年の初夏までエネルギーをため込んで
いるので飲まず食わずで9ヶ月も過ごす
残る疑問としては、
・飼育しているものの中にはまだ幼虫のものがあり、蛹にな
るタイミングは何か?
・なぜ晩夏から初秋にかけて羽化しそのまま冬を越すのか?
(カブトムシなどは初夏に羽化してすぐに地上で生活を始める)
こんなささいな、どうでも良いことですが自然の神秘を感
じずにはいられません。
2012年9月26日水曜日
コクワガタ蛹・雄
メスかと思っていた幼虫が、オスでした。これはこれで嬉しい間違いです。そもそも、クワガタの蛹自体、見るのが初めてですので感動があります。前回はメスでしたが今回はようやくオスの蛹を見ることができました。画像上は22日のもので、蛹化直後のようです。画像下はその1日後です。蛹化直後は羽、足、顎の部分は半透明で、蛹化直後がこんな状態であることも初めて知ることができました。やはり自分の目で直接見るのとメディアを介在して見るのでは、月とすっぽんであることを実感しています。
改めて画像を眺めてみると、幼虫と蛹の形態の違いに意識が向きます。幼虫の時はただの芋虫にすぎませんが、蛹はしっかりと成虫の形をしています。蛹化直後の画像を見ていると幼虫の体の形が見えてきます。蛹の直前である前蛹の状態ですでに幼虫の皮の直下に羽、足、顎が出来ているのでしょうがしぼんだ状態で、脱皮をした後に体液を流し込んで風船を膨らませるがごとく体を形成していくのでしょう。このような推察ができるのも楽しいものです。
2012年7月28日土曜日
睡蓮、ようやく
ようやく睡蓮に元気が出てきました。もとあった葉はすっかり抜け落ち、新芽がわんさと出始めました。一ヶ月以上前に植え替えをした結果がでてきたのでしょう。当初は花を見たくて買ったのですが、咲くかどうかは睡蓮次第。未だ来ない将来を心配するだけ無駄というものです。咲くようなら咲くし、咲かないならばそれだけのこと。黙って見ているしかありません。
水面ではヒメダカが与えられた餌をせっせとついばんでいます。
これらを眺めているだけでも癒されるものです。植物の生きる目的の一つは、こうして人を癒すことにあるのだ、と最近思います。植物たちもこのようにして魂を磨いているのでしょうか。
水面ではヒメダカが与えられた餌をせっせとついばんでいます。
これらを眺めているだけでも癒されるものです。植物の生きる目的の一つは、こうして人を癒すことにあるのだ、と最近思います。植物たちもこのようにして魂を磨いているのでしょうか。
2012年7月27日金曜日
粟島 釜谷地区キャンプ場 2012
久々の粟島です。実に8年ぶりでした。学生時代の仲間を中心に8人が集まれたことに感謝です。以前は島内の移動手段は周回観光船か、民宿に頼み込んで車に乗せていただくかしかありませんでしたが、いつの間にかコミュニティバスが運行(一人200円)されていて格段に便利になりました。
その一方で私達のような天幕生活者にはいささか厳しい変化もありました。今まで利用していたキャンプ場の砂利が激減し、砂地がほとんどなくなり岩場と化してしまっていました。幕を張れる場所がかなり限られるので、複数のパーティーがあった場合にはかなりの不自由が強いられます。おそらくキャンプ場付近に砂防ダムのようなものが作られ、陸からの土砂の供給が断たれたことが大きな原因でしょう。近い将来は完全な岩場になり、キャンプ場として成り立たなくなるのは目に見えています。私にとっては今回の利用が最後になる可能性が大です。(この釜谷地区だけでなく、内浦地区にもキャンプ場はありますが、砂浜だけですのであまり狩猟の楽しみはありません。)
2012年7月25日水曜日
アンスリウム
うかうかしていたら10日もアップせずにいました。医院のアンスリウムですがよくよく見ると、ピンクの花がなぜこのような色になるのか、不思議に感じられました。何もアンスリウムに限らず、花の色は他にも多くあります。どうしてこのように色が付くのでしょうか、人の目を楽しませるのが役目であるかのようにも感じられます。
(話は変わりますが、PCで画像調整したものと、アップした画像とで、若干色調が変わるのは気になります。多少彩度が落ちるのはなぜでしょうか)
(話は変わりますが、PCで画像調整したものと、アップした画像とで、若干色調が変わるのは気になります。多少彩度が落ちるのはなぜでしょうか)
2012年7月15日日曜日
科学について
「科学的でない」というものは軽視されたり重要視されない風潮にあるように感じます。かくいう私も以前は何となくそのように思っていました。「科学というのは常に進歩しています」とよく言われますが、これすなわちいつの世においても不完全であることの証拠です。完全であれば進歩も何もないでしょうし、大体において科学は人間の作り出した自然を測るための道具に過ぎません。その道具を作り出した人間がそもそも不完全なのですから無理もありません。
今となっては「天動説」を笑ったりもできますが、現代でも科学で説明できないことは山ほどあります。もちろんいろんな事が解明されてきましたがその大半は「仮説」の範囲を出ていません。飛行機が飛ぶことだって、じつは詳細は明らかにされていないのです。ただ、翼の形によってどのような動きをするか、ということは気が遠くなるほどの実験によって分かっています。これはいわば経験則で飛行機を飛ばしているのであり、科学的根拠(エビデンス)に欠けています。
分からないことの例を挙げれば、ウナギだってそうです。生態ははっきりしていません。マンボウの生態だって分かっていないはずです。科学とは実はまったくもって万能からは程遠いのです。ですからあまり盲信するのはよくないと思います。科学的な態度とは「これまでこのようなことが明らかとなっている。であればそれを検証しよう」というものです。あまり「科学」を振りかざすのではなく、あくまでも自然の中の一部として生かされているという事実を胸に謙虚な態度で望む必要がある、と思うわけであります。
今となっては「天動説」を笑ったりもできますが、現代でも科学で説明できないことは山ほどあります。もちろんいろんな事が解明されてきましたがその大半は「仮説」の範囲を出ていません。飛行機が飛ぶことだって、じつは詳細は明らかにされていないのです。ただ、翼の形によってどのような動きをするか、ということは気が遠くなるほどの実験によって分かっています。これはいわば経験則で飛行機を飛ばしているのであり、科学的根拠(エビデンス)に欠けています。
分からないことの例を挙げれば、ウナギだってそうです。生態ははっきりしていません。マンボウの生態だって分かっていないはずです。科学とは実はまったくもって万能からは程遠いのです。ですからあまり盲信するのはよくないと思います。科学的な態度とは「これまでこのようなことが明らかとなっている。であればそれを検証しよう」というものです。あまり「科学」を振りかざすのではなく、あくまでも自然の中の一部として生かされているという事実を胸に謙虚な態度で望む必要がある、と思うわけであります。
2012年7月13日金曜日
バッタの生態
6月23日にUPしましたように、医院玄関前の鉢植えにバッタが住み着いています。ここしばらくは見かけませんでしたが、久しぶりに出くわしたそのバッタは脱皮をしたようで、一回り大きくなっていました。今回はサフィニアの花の上での再会です。花に穴が空いていることから、どうやら先方は柔らかい花をかじっている模様です。バッタは葉を食べるものだと思っていましたので、花を食べるとは知りませんでした。バッタの生態を新たに知ることができ、一つ賢くなりました。知る喜びを感じることができるとは、幸せなことです。
2012年7月9日月曜日
ノコギリクワガタ
久しぶりにノコギリクワガタをペアで捕まえました。実に小学生以来ではないかと思います。このペアで産卵させて幼虫から育ててみようと思っています。クワガタはこれまで卵から飼育したことがなかったので、ワクワクしています。実は未だにクワガタの蛹を見たことがありません。子供の頃、図鑑の写真などで目にするたび、憧れの眼差しで見続けていましたが、何とか順調に育てて再来年には蛹を直接この目で見たいです。
現在、去年生まれたコクワガタの幼虫を飼っていますが、こちらが蛹になるのは来年です。クワガタは2年を幼虫で過ごし、なおかつ、羽化してからはそのままさらに1年を蛹室で過ごします。なぜ1年もその場にとどまるのか、1年飲まず食わずで平気なのか、自然に対する不思議は尽きません。
現在、去年生まれたコクワガタの幼虫を飼っていますが、こちらが蛹になるのは来年です。クワガタは2年を幼虫で過ごし、なおかつ、羽化してからはそのままさらに1年を蛹室で過ごします。なぜ1年もその場にとどまるのか、1年飲まず食わずで平気なのか、自然に対する不思議は尽きません。
2012年7月2日月曜日
サクランボ
先日、山形市から届いたサクランボです。同市に住む友人宅の向 かいにある農園直送です。味はコメントするまでもないくらいです 。これぞまさに宝石、かなりこだわって育てていると、友人から以 前に聞かされた記憶があります。
こちらの農園ではいわば「深山の桜」を咲かせているようで、多 くの人が足を運んで花を見に行き、道ができていると思われます。経営者の努力の賜物、素晴らしいです。
こちらの農園ではいわば「深山の桜」を咲かせているようで、多
2012年6月23日土曜日
医院の花たち
ようやく桔梗が咲いてくれました。第一号です。待ちかねたこの花、なぜでしょうか、私はこの色が結構好きなようです。花のつぼみが結構ありますので、この一輪の後から次々と咲いてくれることでしょう。
こちらは医院玄関前に置いてあるナデシコですが、数日前から花の表面に小さなバッタがいることに気付きました。今朝見かけた時と、診療後に見たときと全く同じ花の上にいましたので、何の気なしに撮ってみました。いつまでナデシコに取り付いているのかは分かりませんが、このバッタが大きくなる過程も見ることができれば、それはそれで面白いかも知れません。
こちらは医院玄関前に置いてあるナデシコですが、数日前から花の表面に小さなバッタがいることに気付きました。今朝見かけた時と、診療後に見たときと全く同じ花の上にいましたので、何の気なしに撮ってみました。いつまでナデシコに取り付いているのかは分かりませんが、このバッタが大きくなる過程も見ることができれば、それはそれで面白いかも知れません。
2012年6月19日火曜日
旬のもの
親戚より空豆を頂戴しました。初物です。
たなつもの百の木草も天照す日の大神のめぐみえてこそ
ありがたく頂きます。
医院裏手に植えた桔梗のつぼみが大きくなりました。よく見ると花芽は結構あります。花が咲いてくれるのが楽しみです。
たなつもの百の木草も天照す日の大神のめぐみえてこそ
ありがたく頂きます。
医院裏手に植えた桔梗のつぼみが大きくなりました。よく見ると花芽は結構あります。花が咲いてくれるのが楽しみです。
2012年5月28日月曜日
好天にさそわれて
天気が良かったのでちょっと足を伸ばして郊外に出かけ、おにぎり持参でバーベキューをしました。BBQと言ってもおかずの分を炭火で焼いた程度ですので、プチBBQという表現が正しいでしょう。久々に日中に屋外でビールが飲めてありがたい限りです。子供達も楽しそうにしていました。

多少山の中まで行ったためでしょうか、思いがけず山桜を観賞することができたのも嬉しかったです。今年の冬は降雪量が多かったので、山沿いでは例年より自然の営みが遅いようです。大雪で医院駐車場の除雪には辟易しましたが、その一方で今回は幸運にも恵まれました。人間万事塞翁が馬、とはこのことです。何事にも感謝して人生を送れたらどんなに素晴らしいことでしょうし、そうありたいと願っています。
短時間ではありましたが、屋外での読書も贅沢なひとときでした。
多少山の中まで行ったためでしょうか、思いがけず山桜を観賞することができたのも嬉しかったです。今年の冬は降雪量が多かったので、山沿いでは例年より自然の営みが遅いようです。大雪で医院駐車場の除雪には辟易しましたが、その一方で今回は幸運にも恵まれました。人間万事塞翁が馬、とはこのことです。何事にも感謝して人生を送れたらどんなに素晴らしいことでしょうし、そうありたいと願っています。
短時間ではありましたが、屋外での読書も贅沢なひとときでした。
2012年5月22日火曜日
金環日食
21日月曜日は日食を見させていただきました。薄曇りではあったものの、お陰様でしっかりと環になった様子を観察できました。次回、日本で見ることができるのはいつのことやら、詳しくは覚えていませんが、私は生きていないことでしょう。世界のどこかに出かけていけばお目にかかれるでしょうが、可能性はどれだけあるか知れたものではありません。
何よりも私にとって一番意味が大きかったのは、また今度見に行こう、と先延ばしせず(これは先延ばしできるものではありませんが)頭に浮かんだときにすぐに行動に移して予定を組んだ、ということです。
日常生活においては頭に浮かんだことをすぐ行動に移さず、つい後回しにしてしまう時もあります。ですが、どんな些細なことでも、金環日食のように実は二度とチャンスのないことの繰り返しなのではないか、そんな気がします。
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